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2026年3月25日に公開した記事「AFEELA開発中止|ソニー・ホンダモビリティの合弁EVはなぜ失敗したか【経緯と教訓】」の末尾で、著者はこう問いかけて筆を置いた。「次の挑戦において、『誰かのインフラに乗る』形では、もう許されない」と。その問いに、ソニーは2026年5月8日に一つの答えを出した。
第1章 4日間のあとに——AFEELAから49日、ソニーが出した答え

2026年4月21日、ソニー・ホンダ・ソニー・ホンダモビリティ(SHM)の3社は共同声明を発出し、SHMの事業縮小を正式に決定した。声明は、AFEELAのEV販売計画を断念し、約400名のSHM従業員を本人の希望を踏まえたうえで両親会社および関連会社に再配置すると記した。「ソフトウェア・ADAS分野での協業継続を協議する」という文言は残ったが、実態としては組織の解体宣告だった。
この決定に至るまでの経緯を振り返ると、3月25日のAFEELA断念公表から4月21日の縮小決定まで、わずか27日間だった。ソニー、ホンダ、SHMの3社は、3月25日以降この27日間で「縮小か存続か」の協議を行ったことになる。SHMはもともと2022年10月設立、2023年1月から実質的な開発活動を開始した企業だ。およそ3年余りの組織が、断念公表から1ヶ月足らずで再配置の方針まで固めた。このスピードは、3社の間で「協議」ではなく「確認」に近い段階にまで意思決定が収束していたことを示唆する。
約400名という数字も象徴的だ。「再配置」という言葉は穏やかに聞こえるが、組織の核を成していた人材が個別に散っていく。ソフトウェア・ADAS協業の継続が「協議」にとどまる一方で、EV開発を担っていたエンジニアリング組織は実質的に解体された。
損失の構造も階層的だ。ソニーの連結業績では、SHMに対する持分法損失として449億円が「All Other」セグメントに計上された。これに加え、FY2026には約300億円の追加損失見込みがある。SHM単体では、直近の2025年3月期に520億円超の純損失(前期の2024年3月期は約205億円の損失)を計上していた。SHMは2022年の設立以降、累計で数百億円規模の損失を積み上げた組織として幕を閉じた。
ここで重要なのは、5月8日の決算発表という「場」だ。ソニーはこの日、FY2025決算を開示し、AFEELAに起因する損失を確定させる一方で、TSMCとの次世代イメージセンサー合弁のMOU締結も同じ壇上で発表した。墓標を立てる決算と、次の戦略の礎石を置く発表が、同日・同じ舞台で行われた。これを偶然の同日発表と読むのは難しい。ソニーの経営として「AFEELA損失の説明責任を果たした上で次の成長軸を示す」という意図的な構成と評価できる。十時裕樹CEOが「fab-lite戦略はすでに昨年から言い続けていた。TSMCとのJVはその第一歩だ」と述べた文脈は、この解釈と整合する。
誤読されやすい合弁——「ソニーが半導体製造から撤退」ではない
この発表をめぐって最も広まりやすい誤読は「ソニーが半導体製造をTSMCに丸投げした」という解釈だ。これは事実誤認である。誤読の背景を理解するために、ソニーの半導体事業の歴史から整理する必要がある。
70年の半導体事業史——CCDからCISへ
ソニーの半導体事業は1954年の国産初トランジスタ商用化に遡る。CCD(電荷結合素子)の研究着手は1970年、1972年には8×8ピクセルの撮像実験に成功し、1980年には世界初のCCDイメージセンサー商用化を達成した。1989年にはパスポートサイズのハンディカムに25万画素CCDを搭載し、家庭用ビデオカメラの世界標準をCCD=ソニーという方程式で確立した。
2004年、ソニーは社内で「CCDからCMOS(相補型金属酸化膜半導体)イメージセンサーへの重点移行」の意思決定を行った。2000年にAIBO向けとして商用化した第1号CMOSセンサー「IMX001」から積み上げたノウハウと、2008年の裏面照射型(BSI)センサー開発が転換点となる。BSI——光電変換層の前に配線層が来る従来構造を逆転し、感度と低ノイズ性能を大幅に高める技術——はソニーが先行開発し、スマートフォン向け市場を一気に席巻した。2010年代後半にはCMOSイメージセンサー(CIS)の世界シェア首位を確立し、2025年時点で市場シェア43〜50%超を維持している。Samsung、OmniVisionがそれぞれ20%前後・9%程度で続くが、首位との差は大きい。
製造拠点の二段構えと内製化の歴史
現在のソニー半導体事業は、設計を担うソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)と製造を担うソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(SCK)の二段構えで成立している。この構造を誤解している読者は多い。SCKは複数の製造拠点を抱えており、ソニーは「半導体製造を持っていない企業」では全くない。
各拠点の経緯をたどると、ソニーが製造能力を積極的に内製化してきた歴史がより鮮明になる。
長崎テクノロジーセンター(諫早市)は1987年設立のソニー長崎を前身に持つ。CIS売上の8割超を担う主力拠点だ。かつてここではCell Broadband Engine(PlayStation 3用プロセッサ)の製造も行っていたが、2008年にCell製造ラインを東芝へ約900億円で売却し、ラインをCIS製造へと転用した経緯がある。このCell→CIS転用の判断こそ、ソニーが「自社の強みに資源を集中する」路線に舵を切った原点だ。
大分テクノロジーセンターは2015年末に東芝の大分工場(300mmウェーハライン)を約190億円で取得し、2016年に約1,100名の従業員とともにソニーに移籍した。山形テクノロジーセンターは2014年にルネサスエレクトロニクスの鶴岡工場を取得し、2015年からCIS量産を開始している。熊本の新設ファブ(合志市)は、今回のTSMC合弁JVの舞台となる最新拠点だ。
2014年から2016年にかけて、ソニーは立て続けに他社の製造設備を取得し、CIS製造能力を内製化してきた。この歴史を踏まえれば、「ソニーが製造を持っていない」という誤読がいかに表面的かがわかる。
Apple iPhoneとの長期供給関係
ソニーCISの競争力を語る上で、Appleとの関係は外せない。2007年の初代iPhoneから今日に至るまで、ソニーはApple iPhoneの主力イメージセンサーサプライヤーであり続けてきた。20年近くにわたる供給実績は、ソニーのセンサー設計・製造品質がAppleの厳格な品質基準を満たし続けている証拠でもある。加えて、自動車向けCIS、ロボティクス向けセンサー、産業用途への展開も進んでおり、モバイル一本足打法から「次の柱」への多角化が進行中だ。
ここまでの整理から言える。ソニーは「半導体製造を持っていない企業」ではなく、「製造能力を段階的に内製化してきた企業」だ。今回のTSMC合弁は、その製造能力を保持したまま、自社単独では届かない部分にだけTSMCを招き入れる構造として設計されている。
fab-liteとは何か——fab-lessではない中間解

半導体業界の3類型
半導体業界のビジネスモデルは大きく3類型に分けられる。まずこの整理を確認する。
| 類型 | 定義 | 代表企業 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|---|
| fab-less | 設計特化、製造は全てファウンドリ委託 | Apple、NVIDIA、Qualcomm、Broadcom | 設備投資不要、最先端プロセスを即時活用 | 技術ノウハウが製造側に蓄積、地政学的リスク直撃 |
| IDM(垂直統合) | 設計〜製造〜販売を全社完結 | Samsung、Intel、SK Hynix、Micron | 設計・製造の最適化、技術流出リスク最小 | 兆円規模の設備投資、工程更新の重さ |
| fab-lite | 自社ファブを保有しつつ、先端部分をファウンドリと協業 | AMD(2009年以降)、Texas Instruments(一部)、そしてソニーが向かう方向 | 設計・製造ノウハウを保持しつつ設備投資リスクを分散 | パートナー依存が残る、地政学的脆弱性は部分的に残存 |
十時CEOは2026年5月8日の決算会見でこう述べた。「われわれはこれまでIDMとして、イメージセンサーの開発・研究から製造まで全てを自社で行ってきた。今後は製造・ファブリケーションの部分でパートナーと協働したい。だからTSMCとのMOUを締結した」。この発言は、ソニーがIDMからfab-liteへの移行を明示的に宣言したものだと読める。
五要素の分解
今回の合弁構造を5つの要素に分解して評価する。
①設計(ソニー独自) ピクセル設計——光を電子信号に変換する最上流の物理層——は、ソニーが数十年にわたり「アナログ領域」で培ってきた固有の専門知識だ。BSI(裏面照射型)、積層型CIS(ロジック層とセンサー層を3次元的に積み重ねる構造)、Quad Pixel(4画素を1画素として使うダイナミックレンジ拡張技術)など、一連の独自技術の蓄積がこの「光の物理層」に結実している。ソニー公式は「アナログ領域での設計・開発・製造を通じて蓄積した専門知識の統合力は他社が再現しがたい強みだ」と表現している。この部分はTSMCにもサムスンにも渡せない競争力の核だ。
②立地・建物・装置(ソニー所有の熊本新ファブ) JVのラインが設置されるのは熊本県合志市(Koshi City)にソニーが新設したファブだ。この立地はTSMCが運営するJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)第1ファブと同じ熊本エリアに位置し、プロセス技術の連携という観点でも地理的整合性がある。建物・装置はソニーが所有する。
③経営支配権(ソニーが過半数かつ支配株主) JVにおいてソニーは「majority and controlling shareholder」として位置づけられる。意思決定の最終権限はソニーが握る。AFEELAの50:50デッドロック構造とは根本的に異なる点だ。
④プロセス技術(TSMC依存) 積層型CISの下層に配置されるロジック層は、3nm世代の最先端プロセスで製造することで性能・消費電力の優位を確保できる。この3nmプロセスを商用量産できる企業は、現状ではTSMCがほぼ唯一の選択肢だ。Samsungファウンドリは2025年末時点でも歩留まり率が55〜60%程度とTSMCの70%超に届かず、Intel Foundryの18Aプロセスは歩留まり問題で量産スケジュールが遅延している。輸出規制の壁によりSMIC(中国の半導体受託製造大手)は先端プロセスへのアクセスが封じられている。TSMCに代わる現実的な選択肢は存在しない。
⑤政策支援(日本政府補助金) JASMへの補助金実績は日本政府の半導体政策の本気度を示す。第1ファブへの補助金(最大約4,760億円)に続き、第2ファブにも732億円の追加補助金が決定済みだ。日本政府補助金の累計はすでに1兆円規模を超えたと推計されている。今回のソニーTSMC合弁にも政策的支援が前提として組み込まれており、これがJVのコスト構造を支える。
なぜfab-liteを選んだのか——経済合理性
ソニーが3nmロジックプロセスを自前で立ち上げる場合の概算を考える。EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置1台だけで300〜400億円、ファブ一棟の建設費・装置費の合計は軽く数兆円規模に上る。しかも最先端プロセスの歩留まり安定には数年単位の時間がかかる。これをソニーが単独で投資する合理性はない。
一方、TSMCと組む場合、ソニーはプロセス技術を「買う」のではなく「呼び込む」形だ。自社ファブにTSMCのプロセス技術を導入し、ソニーが立地と装置を提供し、経営支配権を保持する。これが「全部自前」より格段に低コストで「全部外注」より格段にリスクが低い理由だ。
TSMCの第2ファブ(熊本)は、台湾経済部(MOEA)が2026年3月31日に3nmプロセスへの計画変更を正式承認し、2028年の装置設置・量産開始が計画されている。月産能力は12インチウェーハ換算で1.5万枚規模。ソニーとのJVはこの熊本拠点の深化と連動する形で設計されている。「fab-liteは設備投資の負担を減らしながら収益性を高める戦略だ」という説明は、I&SSセグメントのCapEx効率向上という財務的文脈にも対応している。
地政学の三角形——「全部自前」と「全部台湾依存」のあいだ

台湾有事リスクの基本構造
TSMCへの依存が地政学的脆弱性として語られる文脈には、台湾海峡をめぐる緊張という現実がある。半導体サプライチェーンの地理的集中——特に先端ロジックプロセスが台湾一極に偏っている現状——は、経済安全保障上の課題として各国政府が対処を急いでいる。米国のCHIPS法、EU半導体法、日本の半導体支援法はいずれもこの問題意識の産物だ。TSMCの熊本進出自体、この安全保障的分散の文脈から生まれた。
ではソニーとTSMCの合弁は、このリスクをどこまで緩和し、どこで限界を迎えるのか。「ファブは日本にあるがレシピは台湾にある」という構造的非対称を軸に整理する。
リスクが緩和される3点
第一に日本国内立地。JVのファブは熊本県合志市に立地する。物理的な生産設備が日本の法域にあることは、台湾有事の直接的影響(空爆、封鎖、物理的破壊)から生産拠点を分離する条件を満たす。台湾のファブが操業停止に追い込まれたとしても、熊本のラインは日本国内法・自衛隊・同盟の枠組みの中に位置する。
第二にソニーの経営支配権。JVにおいてソニーはmajority and controlling shareholderだ。有事においてTSMCが撤収・撤退を余儀なくされる事態が生じたとしても、JVの経営主体はソニーに残る。完全なfab-less企業がTSMCに依存している状況とは、意思決定の所在という観点で本質的に異なる。
第三に日本政府の関与。補助金を通じた国策的後ろ盾は、政府がJVの継続・維持に一定の利害を持つことを意味する。有事や緊急事態における政策的支援(追加補助金、輸出管理規制の優先的適用等)の発動余地がある。
リスクが完全には消えない3点
第一にプロセスIPの所在。3nmプロセスのレシピ——製造手順の核となる知的財産——はTSMC台湾本社が管理する。有事において台湾本社がプロセスのアップデート・技術支援を停止した場合、既存プロセスでの生産継続は可能でも、次世代プロセスへの移行は止まる。「現行ラインは動くが技術進歩が凍結される」というシナリオは現実的だ。
第二に装置サプライチェーンの一部。ASML(EUVリソグラフィ)、Applied Materials、東京エレクトロン(TEL)等の製造装置は、日本から直接調達できるものもあるが、TSMCを経由する消耗品・部品・サポート契約が一部に存在する。交換部品の調達経路が台湾本社経由である場合、有事には供給が不安定化するリスクがある。
第三にエンジニアリング人材の依存。最先端プロセスの立ち上げ・運用には、TSMCから派遣される台湾人エンジニアの知見が不可欠な局面がある。有事にこれらの人材が引き上げた場合、技術的ブラックボックスが生じるリスクは完全には排除できない。
リスク・プロファイルの比較
| リスク種別 | IDM(全部自前) | fab-lite(今回のJV) | fab-less(全部外注) |
|---|---|---|---|
| 物理的生産施設の毀損リスク | 自社施設に集中(分散可) | 日本国内(低) | 台湾集中(高) |
| プロセスIP依存リスク | なし(全自社) | 3nmレシピはTSMC依存(中) | 全面依存(高) |
| 装置調達リスク | 自社調達(低〜中) | 一部依存(中) | ファウンドリ依存(中〜高) |
| 初期設備投資 | 数兆円規模(極高) | 分担・補助金前提(中) | ほぼゼロ(低) |
| 経営支配権 | 完全自社(高) | ソニー majority(中〜高) | ファウンドリ依存(低) |
この表が示す通り、今回のJVは「全部台湾依存のfab-lessよりは明らかにリスクが低い中間解」であり、「全部自前のIDMほどの独立性は持たない」という位置付けだ。これを「地政学リスクの解決策」と呼ぶのは過大評価である。「複数のリスクを当面の現実的選択肢の中で最も合理的に分散した設計」と評価するのが正確だ。
AFEELAの逆鏡像——「他人の足場で踊らない」教訓の自社適用
AFEELAの構造的問題については、既出の記事で詳述した。ここではそのエッセンスを呼び出したうえで、TSMC合弁との「鏡像」関係を6軸で対比する。
AFEELAの失敗構造の再確認
AFEELAはソニーが本来弱い領域——クルマの量産製造、車両認証、サプライチェーン管理——に垂直統合の幻想を持って踏み込んだ構造だった。足場はホンダの生産基盤という「他人のもの」だった。50対50の出資比率はデッドロック構造を内包し、意思決定の重さが市場の速度変化に追いつけなかった。ホンダが自社EV戦略を見直し、生産基盤の確保が不確実になった瞬間、SHMは自立する足場を失った。
6軸での鏡像反転
| 軸 | AFEELA | TSMC合弁 |
|---|---|---|
| ソニーの強みとの関係 | 本来弱い領域(クルマ製造)に踏み込む | 世界首位の最強領域(センサー設計)で勝負する |
| 足場の所有 | ホンダの生産基盤(他人の足場)に依存 | ソニー所有の熊本ファブ(自社の足場)の上に組む |
| 意思決定構造 | 50:50デッドロック構造 | ソニーが majority 支配株主 |
| 依存対象の範囲 | クルマ製造の全工程にわたる依存 | 先端ロジックプロセスのみに限定した依存 |
| 撤退時の損失構造 | プロジェクト全体崩壊、累計数百億円の損失 | 調達先切替で対応可能、設計ノウハウは社内残存 |
| 政策的後ろ盾 | なし | 日本政府補助金・経済安全保障の枠組み |
この表を見ると、今回の合弁はAFEELAの失敗を「6軸すべてで逆転させた」設計として理解できる。偶然の一致ではない。ソニーの経営がAFEELAで学んだ教訓を、次の戦略立案に明示的に反映させたと読むのが自然だ。
「ソニーはどの領域で戦う企業か」への回答
AFEELAで露わになった問いは「ソニーはどの領域で戦う企業なのか」だった。センサーという答えは、1970年のCCD研究着手以来55年にわたる事業史と整合する。量産クルマという答えは、整合しなかった。
十時CEOが指摘するように、ソニーのイメージセンサー事業の本質的な強みは「アナログ領域での設計・開発・製造を通じて蓄積した専門知識の統合力」だ。これはソニー社内に時間をかけて蓄積されたものであり、他社が資本力だけで模倣できる性質のものではない。自動車という領域には、この「アナログ積層型の専門知識」が存在しなかった。
5月8日に「AFEELA損失確定の決算」と「TSMC合弁発表」が同じ壇上に並んだことには、単なるタイミングの偶然を超えた意味がある。ソニーという組織が「自分たちが弱い領域での垂直統合の幻想」に区切りをつけ、「自分たちが最も強い領域での戦線引き直し」を同日に宣言した瞬間として記録される。それが失敗の墓標と次の礎石を、同じ日に同じ壇上に置いた理由だ。
10年後に答えが出る賭け
physical AI市場という賭けの地盤
今回の合弁が狙う「次世代画像センサー」の主たる用途として、ソニーは自動車・ロボティクス向けの「physical AI」を挙げている。physical AIとは、デジタル空間でのみ機能するソフトウェアAIと異なり、物理空間で機械が自律的に認識・判断・行動する領域を指す概念だ。自動運転、ヒューマノイドロボット、産業用ロボットのビジョンシステムが典型的な用途だ。
市場規模の予測にはばらつきがあるが、イメージセンサー全体の市場は2024年の約270億ドルから2030年に約457億ドル(CAGR 9.17%)へ拡大すると推計されている。physical AI向けの高性能センサーはこの成長の中核を担う領域と位置付けられる。
自動運転については、レベル3〜4の普及が2030年代前半に向けて加速すると見られている。ヒューマノイドロボット市場は2025年時点では黎明期だが、Tesla(Optimus)、Figure AI、1X等の各社が量産フェーズに移行しつつあり、CAGR 30〜47%規模の拡大が予測されている。これらの用途は「より解像度が高く、より低消費電力で、より速く動体を認識できるセンサー」を要求する。ソニーがfab-lite戦略で3nm世代のロジック層を積層型CISに適用しようとしている理由はここにある。
競争優位の持続性という問い
ソニーのCIS首位は盤石に見えるが、10年単位のスパンで考えると揺らぎうる要因もある。
まず中国メーカーの追い上げだ。OmniVision(オムニビジョン)は2024年に市場シェアを9.3%まで伸ばし、SmartSens等の新興メーカーも低価格帯で存在感を増している。モバイル向けの中・低価格帯センサーではコスト競争が激化しており、ソニーが得意とするプレミアム帯との棲み分けが崩れるリスクがある。
次に自動車向け市場での競争だ。自動車向けCISはモバイル向けとは異なる品質基準(AEC-Q100の車載認定、-40〜+125℃の温度耐性、機能安全規格ISO 26262等)を要求する。ここでソニーはON Semiconductor(旧Aptina)やSamsung、OmniVisionと競合する。ソニーは2014年に「業界最高感度の車載カメラ向けCMOSイメージセンサー」を商用化しており、車載分野への参入実績は持つ。ただし量産規模と価格競争力では自動車メーカーとの直接交渉が必要であり、ここはモバイル向けとは異なる戦い方が求められる。
賭けの成否を測る3指標
この賭けの答えは10年後に出る。本記事の立場はその判定にはない。ただし検証可能な指標として3点を提示しておく。
第一は自動車・ロボティクス向けCIS市場でのシェアだ。2030年代前半に、このセグメントでソニーがON Semiconductor等と互角以上に戦えているか。第二は3nmプロセスでのソニー製センサーの量産タイミングだ。2028年の装置設置・量産開始計画通りにJVが立ち上がり、3nm世代センサーが市場に出るかどうか。第三は熊本JVファブの稼働率だ。稼働率が低ければ、fab-liteの「コスト効率化」という命題は崩れる。
地政学シナリオ別の評価
地政学シナリオ別に影響を評価する。
平時継続(現状延長)では、fab-liteは想定通り機能し、3nm世代センサーの量産・収益化が2028〜2030年代にかけて進む。日本政府の補助金支援も継続的に機能する。
部分的緊張(経済制裁・輸出規制等)では、日本国内立地の優位性が顕在化する。米国のCHIPS法と日本の経済安全保障政策が連動し、熊本拠点が優先的な政策支援を受ける可能性がある。TSMCへの依存度が部分的に問題化するが、日本政府の関与がバッファーになりうる。
大規模有事(台湾海峡紛争等)では、プロセスIP更新停止、装置調達難、TSMCエンジニア人材の引き上げというリスクが顕在化する可能性がある。この場合、熊本ファブの「既存ラインは動くが技術進歩が凍結される」シナリオに陥る。これが完全に排除できないリスクだ。
AFEELAの問いへの回答として
AFEELAの墓標の上に置かれたこの賭けは、他人の足場の上には組まれていない。ソニーが保有し制御するファブの上に、ソニーが設計の核心を手放さないまま、自分では届かないプロセス技術だけをTSMCに依頼する構造として設計されている。
AFEELAが残した問い——「ウォークマンを生んだ会社が、次に世界に問うものは何か」——への本記事としての回答は明快だ。クルマそのものではなく、クルマに「載るもの」。センサーという、自分が世界一の領域に戻る選択。そしてその選択を、他人のインフラの上ではなく、自社の足場の上に組み立てること。
AFEELAで学んだ教訓が、ソニーの最強領域にまで適用されたとすれば、それはAFEELAの失敗が少なくとも一つの有効な問いを残したことを意味する。答えが出るのは、早くとも2030年代の前半だ。
あわせて読みたい
- AFEELA開発中止|ソニー・ホンダモビリティの合弁EVはなぜ失敗したか【経緯と教訓】(本記事が続編として接続する出発点。垂直統合の幻想とその崩壊を構造的に論じた前章にあたる)
参考リンク
- ソニーセミコンダクタソリューションズ公式発表|次世代イメージセンサーに関する戦略的提携に向けた基本合意書を締結(2026年5月8日)
- ソニーグループ公式PDF|Sony Semiconductor Solutions Announces Preliminary Agreement with TSMC(2026年5月8日)
- 日本経済新聞|ソニーGとTSMC、次世代画像センサーを開発・生産 合弁会社設立へ
- BigGo Finance|SONY FY 2025 Earnings Call分析記事(2026年5月8日)
- Reuters|Sony, TSMC plan new Japan joint venture for next-generation image sensors(2026年5月8日)
- ソニーグループ公式PDF|Notice Regarding Recording of Loss on the Valuation of Shares of an Affiliate(SHM関連損失、2026年5月8日)
- ソニーグループ公式|Sony Group Corporate Strategy 2026(2026年5月8日)
- Focus Taiwan|Taiwan government approves TSMC’s 3nm upgrade for second Japan fab(2026年3月31日)
- ソニーセミコンダクタ公式|History of Sony’s Semiconductors – Timeline